2.フェノブカルブの室内濃度に関する指針値

 ごく最近までのフェノブカルブに関する毒性研究報告について調査したところ、以下のような結論を得た。

(1)  フェノブカルブは殺虫剤であり、他のカーバメート系殺虫剤と同様にコリンエステラーゼ(ChE)活性阻害作用を有する1)
(2)  遺伝子障害性については、ヒスチジン要求性のサルモネラ菌(TA1535、TA1536、TA1537、TA1538)及びトリプトファン要求性大腸菌(WP2hcr+、WP2hcr-)を用いた復帰突然変異試験においては、代謝活性化の有無にかかわらず、結果は陰性であった。また、マウスを用いた小核試験の結果も陰性であった2)
(3)  発がん性に関して、ラットに10、30及び100ppmのフェノブカルブを2年間混餌投与したところ発がん性は認められなかった。また、マウスに0.3及び3ppmのフェノブカルブを2年間混餌投与したところ発がん性は認められなかった1), 2)
(4)  このことから、現在の知見においてはフェノブカルブに関して、動物実験の結果から発がん性は認められず、ヒトでの発がん性を示唆する証拠はないことから、フェノブカルブの指針値の策定には、非発がん性の毒性を指標とし、耐容一日摂取量を求める方法で算出することが適当と判断した。
(5)  急性毒性に関して、ラットのLD50値は経口で雄が524mg/kg、雌が425mg/kg、経皮で5000mg/kg以上であった。また、マウスのLD50値は経口で雄が505mg/kg、雌が333mg/kgであった。また、ラットに23.1、69.3及び208mg/kgのフェノブカルブを経口投与したところ、208mg/kgではChE活性阻害が生じたが、69.3mg/kg以下では観察されなかった。
 ラットの吸入LC50値はフェノブカルブの4時間1回吸入暴露で2500mg/m3以上、50%乳剤の4時間1回吸入暴露で雄が約2700mg/m3、雌が2290mg/m3であった1), 2)
(6)  刺激性については、フェノブカルブ原体0.1mlをウサギの下眼瞼内に投与した結果、非洗眼群では角膜、虹彩および結膜に、洗眼群では虹彩および結膜に刺激性変化を示したが、非洗眼群は投与72時間後、洗眼群では24時間後に消失したとの報告がある。フェノブカルブ原体0.5mlをウサギの正常な皮膚及び傷ついた皮膚に塗布したところ、両者に紅斑がみられたが、塗布48時間後には消失したとの報告がある。また、モルモットに対する皮膚感作性試験の結果は陰性であった2)
(7)  亜急性及び慢性毒性について、ラットに対して30、90、270、810及び1620 ppmのフェノブカルブを90日間にわたって混餌投与させた結果、90ppm(雄9.3kg/mg/day、雌14.5kg/mg/day)以下ではChE活性阻害は見られず、血液学的、病理組織学的な異常も認められなかった。また、ラットに対して10、30、100及び300ppmのフェノブカルブを2年間にわたって混餌投与した結果、300ppm群において白血球の減少が見られたが、100ppm(雄4.1mg/kg/day、雌4.9mg/kg/day)以下ではChE活性阻害をはじめとする各種異常は認められなかった。なお、慢性経口投与のNOELがラット2年間投与の実験で1.2mg/kg/dayとされているが、その詳細は公表されていない3)
 イヌに対して400ppm(雄10.7mg/kg/day、雌10.6mg/kg/day)のフェノブカルブを2年間混餌投与した結果、ChE活性阻害をはじめとする変化は認められなかった1), 2)
(8)  生殖発生毒性に関して、ラットの妊娠6〜16日目にフェノブカルブを500、1500及び3000ppmで混餌投与した結果、催奇形性は認められなかった。また、ウサギの妊娠6〜16日目にかけてフェノブカルブを5、20及び80mg/kg/day経口投与した結果、催奇形性は認められなかった1), 2)
(9)  ヒトへの暴露について、スミバッサ乳剤75R(フェノブカルブ30%、フェニトロチオン45%)の航空機散布における散布直下での測定では、フェノブカルブの気中濃度は散布直後に最も高く(1.64mg/m3)、3分後には0.47mg/m3、60分後には0.03mg/m3に低下した。このとき調査に従事した10名の被験者において、血漿及び血中のChE阻害は認められなかった1)
(10)  作業環境中の許容限度としては、日本産業衛生学会の許容濃度として5mg/m3、ACGIH及びWHOにおいてフェノブカルブと生体作用類似物質であるカルバリルについて許容濃度として5mg/m3がそれぞれ勧告されている。1), 4)
 フェノブカルブの残留農薬基準設定に関しては、許容一日摂取量(ADI)が0.012mg/kg/dayと設定されているが、その設定の詳細については公表されていない5)
(11)  以上より、フェノブカルブの室内濃度指針値の算出については、入手した毒性に係る知見より、設定の根拠となった試験の詳細が公表されているもののうち、最も安全サイドにたった数値が得られるデータを採用することとした。
 試験結果が公表されている(7)の2年間混餌投与の結果から、経口投与による無作用量としての4.1mg/kg/dayを採用し、耐容一日摂取量を求めることにより室内濃度指針値を求めた場合、不確実係数として、種差10、個体差10を用い、さらに経口投与によるChEへの影響を指標としていることから、室内濃度指針値の設定に際し、発現する毒性が吸入時の吸収率に影響されることを考慮することとした。フェニトロチオン(MEP)について吸入毒性が経口毒性に比較して約4倍であると推察されること3)や経口投与の結果を吸入暴露の値とする場合の不確実計数として4が用いられている事例6)などを勘案し、さらに不確実係数として4を用いることとすると、耐容一日摂取量(TDI)は 0.01mg/kg/dayとなる。日本人の平均体重を50kg、一日当たりの呼吸量を15m3とすると7)、フェノブカルブの室内濃度指針値は、
 0.01(mg/kg/day)×50(kg)/15(m3/day)= 0.033 mg/m3 = 33μg/m3(気体換算すると3.8ppb)となる。

(参考文献)
1) 許容濃度提案理由書集 日本産業衛生学会編 中央労働災害防止協会(平成6年6月)
2) BPMCの毒性試験の概要 三菱化成株式会社 農薬時報別冊(平成2年11月)
3) 環境庁水質保全局 「航空防除農薬環境影響評価検討会報告書」(平成9年12月)
4) 1996 TLVsR and BEIsR, Threshold Limit Values for Chemical Substances and Physical Agents Biological Exposure Indices, ACGIH (1996)
5) 日本食品衛生協会 「残留農薬基準便覧」(平成6年7月)
6) (社)農林水産航空協会「航空散布地区周辺地域の生活環境における大気中の農薬の安全性についての評価に関する指針」(平成3年3月28日)
7) 厚生省生活衛生局企画課生活化学安全対策室.「パラジクロロベンゼンに関する家庭用品専門家会議(毒性部門)報告書」(平成9年8月)

(13)フェノブカルブ

<一般的性質>
 純品は無色の結晶でわずかな芳香臭がある。分子量は207.3で、常温における蒸気密度は約7.1、蒸気圧は1.6mPaであり、揮発性は低い。蒸気は空気より重く、底部に滞留する性質があると考えられるが、対流等により拡散した空気との混合気体は相対的に空気と同じ密度になる。

<主な家庭内における用途と推定される発生源>
 水稲、野菜などの害虫駆除に用いられるが、家庭内では防蟻剤として用いられている。
 防蟻剤用として特化した製品は、高濃度で揮発しないようマイクロカプセル化されており、土壌に適切に処理された場合、室内への放散は低いものと思われる。

<健康影響>
 カーバーメート系の殺虫剤であり、有機リン系と同様にアセチルコリンエステラーゼを阻害する。ただし、作用機序は異なっており、非可逆的抑制剤である有機リン系と異なりコリンエステラーゼの阻害作用は可逆的である。
 高濃度蒸気や粉塵の吸入による中毒症状として、倦怠感、頭痛、めまい、悪心、嘔吐、腹痛などを起こし、重症の場合は縮瞳、意識混濁等を起こす。皮膚に付着すると、紅斑、浮腫を起こすことがある。

<現在の指針値>
 現在の指針値案は、33μg/m3(3.8ppb)で、安全性の観点から影響が認められる可能性がある濃度のうち最も低い濃度を与える実験として、ラットに対する2年間混餌投与試験に関する無作用量を基に、不確実計数を加味して設定している。

厚生労働省によるシックハウス(室内空気汚染)問題に関する検討会中間報告書−第8回〜第9回のまとめについてより抜粋